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高松地方裁判所 昭和62年(行ウ)1号 判決

原告 浅野宗治

被告 高松市

代理人 吉田幸久 今井壽二郎 柏原治 ほか四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和六〇年八月二三日付けでした別紙目録記載(一)の土地についての土地区画整理法七七条二項の建築物等の移転の通知及び照会を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  被告は、土地区画整理法(以下「法」という。)三条三項に基づき、香川県中央都市計画事業太田第一土地区画整理事業(以下「本件事業」という。)を施行している者である。

(二)  佐藤義行(以下「佐藤」という。)は、昭和五二年当時、本件事業の施行地区内において、別紙目録記載の(一)及び(二)の各土地(以下順に「従前地(一)」、「従前地(二)」という。)並びに従前地(一)に存する同目録記載(三)の建物(以下「本件建物」という。)を所有していた(従前地(一)、(二)の位置及び隣接地の状況は、別紙図面(一)のとおりである。)。ところで、被告は、佐藤に対し、昭和五二年三月二二日付けで、従前地(一)、(二)についての仮換地として本件事業一〇九街区四画地一〇〇・〇八平方メートル(別紙図面(二)の斜線部分、以下「当初仮換地」という。)を指定する処分をした。

(三)  被告は、佐藤に対し、昭和五七年八月二五日付けで、従前地(一)、(二)についての仮換地指定地を、当初仮換地から本件事業一〇九街区四画地九一・一六平方メートル(別紙図面(二)の赤線で囲まれた部分、以下「現在仮換地」という。)に変更する処分(以下「本件変更処分」という。)をした。

(四)  原告は、佐藤から、昭和五八年五月二〇日、従前地(一)、(二)及び本件建物を買い受けた。

(五)  被告は、原告に対し、昭和六〇年八月二三日付けで、従前地(一)につき、同地に存する本件建物及び付属工作物一切を現在仮換地に移転する必要があるとして、法七七条二項の建築物等の移転の通知及び照会(以下「本件通知照会」という。)をした。

(六)  本件通知照会につき、原告は、昭和六〇年一〇月一五日、香川県知事に対し審査請求をしたところ、同知事は、昭和六一年四月八日審査請求棄却の裁決をしたので、原告は、同年五月一〇日、建設大臣に対し再審査請求をしたが、同大臣は、同年一〇月二一日再審査請求棄却の裁決をし、右裁決は同月二三日原告に送達された。

2  しかしながら、本件通知照会に先行する本件変更処分は、次の事由により違法である。

(一)(1) 従前地(二)は、従前地(一)、この南側に隣接する杉山管子、大橋公子及び岡田節子(以下「杉山ら」という。)の三名共有の別紙目録記載(四)の土地(以下「杉山ら共有地」という。)、この西側に隣接する平木進(以下「平木」という。)所有の同目録記載(五)の土地(以下「平木所有地」という。)から、従前地(二)及び平木所有地の西側を南北に通じる幅員四メートルの市道に出入りするための通路として利用されてきた。

(2) ところが、本件変更処分と同時に、被告は、杉山らに対し、その利益を図る目的で、杉山ら共有地についての仮換地を、別紙図面(二)の青線で囲まれた部分から別紙図面(三)の青線で囲まれた部分に変更し、従前地(一)の東側部分二三・八二平方メートルを、本件事業により新設された従前地(一)の北方を東西に通じる幅員六メートルの道路に出入りする通路として使用させることにし、従前地(二)を仮換地としては指定しないで保留地(本件事業の費用にあてるため第三者に売却する土地)の予定地とし、これを将来杉山ら又は平木に売却する考えである。このような被告の処分ないし措置により、佐藤は、従前地(一)から前記の南北に通じる幅員四メートルの市道に出入りする通路になつていた従前地(二)の使用収益権を取り上げられることになり、本件建物の出入口は南側に一箇所あるだけであるので、使用することが困難となり、解体せざるを得ないことになつた。

(3) 以上のように、本件変更処分は、被告において、杉山ら及び平木の利益を図る目的で佐藤に犠牲と不利益を強いたものであるから、違法である。

(二) 原告は、佐藤から、本件変更処分がなされた昭和五七年八月当時、本件建物を賃借するとともに、従前地(二)を賃借していた者であり、被告は、これを知しつしていた。しかるに、被告は、本件変更処分に際し、従前地(二)につき右賃借権を有する原告を無視し、原告に対し法九八条の権利指定をしなかつたから、本件変更処分は違法である。

3  そこで、原告は、本件通知照会の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の各事実(ただし、(六)のうち、建設大臣の裁決の原告送達日を除く。)を認める。建設大臣の裁決の原告送達日は不知。

2  請求原因2について

(一) その(一)の事実のうち、(1)を認める。(2)のうち、本件変更処分と同時に被告が杉山らに対し、原告の主張するような内容の仮換地指定の変更をしたこと、それらに伴い、佐藤が従前地(二)の使用収益権を取り上げられることになつたこと、本件建物の出入口が南側にあることを認めるが、その余を否認する。(3)を否認する。

(二) その(二)の事実のうち、原告が佐藤から本件変更処分がなされた昭和五七年八月当時本件建物を賃借していたことを認めるが、その余を否認する。

三  被告の主張

1  仮換地指定変更処分と建築物等の移転の通知照会との間には次に述べるとおり違法の承継を認めることができないから、本件変更処分が違法であることを理由として、本件通知照会の取消しを求めることは許されない。

(一) 違法の承継は、理論上肯認できない。

すなわち、先行行為に不服のある者は、その先行行為自体を直接訴訟の対象として争うことによりその権利利益の保護を図ることができる。したがつて、違法の承継を認めるべき合理的必要性はないうえ、これを肯認した場合には、先行行為につき出訴期間を制限する法の趣旨を没却するばかりでなく、先行行為の公定力に反し、判断の矛盾、抵触を生じるおそれがある。よつて、違法の承継は理論上肯認できない。

(二) たとえ、違法の承継の理論を肯認するとしても、仮換地指定変更処分と建築物等の移転の通知照会との間には違法の承継を認めることはできない。

すなわち、仮換地指定変更処分は、仮換地指定処分と同様の効果を有するものであり、仮換地の使用収益権を付与するとともに、従前地についてこれを失わせることを目的とするものであるのに対し、建築物等の移転の通知照会は、施行者の自力による移転を目的とするものであつて、必要がある場合に行われるにすぎず、仮換地指定処分やその変更処分があつたからといつて当然に建築物等の移転の通知照会が予定されているわけではない。このように、仮換地指定処分やその変更処分と建築物等の移転の通知照会とはそれぞれ別個の効果の発生を目的としたものであるから、違法の承継の要件を欠くというべきである。

また、仮換地指定変更処分は、法九八条の規定に基づいて行われると解されるところ、同条四項に則り、仮換地の指定変更は、それにより仮換地となるべき土地の所有者及び従前の宅地の所有者に対し、仮換地の位置及び地積並びに仮換地の指定変更の効力発生の日を通知してするものとされているから、その通知を受けた者は、仮換地指定変更処分が違法であるときは、直ちにその取消訴訟を提起することが容易にできる。したがつて、仮換地指定変更処分に対する救済手段としては、これに対する取消訴訟を提起することができることで十分であり、仮換地指定変更処分に付随してなされることがある建築物等の移転の通知照会の取消訴訟において仮換地指定変更処分の違法を主張させなければならない必要性はないというべきである。

2  たとえ、右1の主張が容れられず、違法の承継が認められるとしても、本件変更処分は、佐藤及び杉山らの変更申請に基づき、佐藤及び杉山らの利益のために、申請どおりの内容でなされたものであり、本件変更処分に原告の請求原因2(一)主張の違法事由は存しない。

3  たとえ、原告が昭和五七年八月当時従前地(二)につき賃借権を有していたとしても、その登記がなかつたから、原告は、佐藤と連署し、又は当該権利を証する書類を添えて、書面をもつてその権利の種類及び内容を被告に申告しなければならない(法八五条一項)ところ、その申告をしていないので、被告は、これを存しないものとみなして、仮換地指定処分やその変更処分をすることができる(法八五条五項前段)。したがつて、本件変更処分に原告の請求原因2(二)主張の違法は存しない。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1は争う。

2  被告の主張2の事実を否認する。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因1について

請求原因1の各事実(ただし、(六)のうち、建設大臣の裁決の原告送達日を除く。)は当事者間に争いがない。<証拠略>によれば、建設大臣が昭和六一年一〇月二一日付けでした原告の再審査請求棄却の裁決は、同月二三日原告に送達されたことが認められる。

二  請求原因2について

1  原告は、本件通知照会に先行する本件変更処分が違法であることを理由に、本件通知照会の取消しを求める。そこで、違法性の承継の問題についてまず判断する。

違法性の承継とは、行政処分の取消事由として、それに先行する行政行為の瑕疵を主張することができるかという問題である。一般に、行政上の法律関係は、できるだけ早期に確定して安定を維持すべきであるから、行政行為の瑕疵は、原則としてそれぞれ独立して問擬すべきである。行政行為相互間には、原則として違法性の承継は認められるべきではない。ただ、先行処分と後行処分が連続した一連の手続を構成し、相結合して一定の法律効果の発生を目指しているような場合には、国民の権利を保護するため例外的に違法性の承継が認められ、先行処分の違法を理由として後行処分の取消しを求めることができると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、法七七条二項の建築物等の移転の通知及び照会の目的は、仮換地指定又はその変更によつて観念的には従前地の権利者から取り上げたその使用収益権を現実的に取り上げることにあり、両者は相結合して従前地の権利者からその使用収益権を取り上げるという一つの法律効果の発生を目指す一連の手続を構成するものということができるから、違法性の承継を肯定するのが相当である。

2  そこで、本件変更処分に原告主張の違法が存するか否かについて判断する。

(一)  請求原因2の(一)について

(1) 従前地(二)が従前地(一)、杉山ら共有地及び平木所有地から従前地(二)及び平木所有地の西側を南北に通じる幅員四メートルの市道に出入りするための道路として利用されてきたこと、本件変更処分と同時に被告が杉山らに対し、原告の主張するような内容の仮換地指定の変更をし、従前地(二)を保留地予定地としたこと、それらに伴い、佐藤が従前地(二)の使用収益権を取り上げられることになつたこと、本件建物の出入口が南側にあることは、当事者間に争いがない。

(2) <証拠略>を総合すると、本件変更処分は、佐藤及び杉山らが昭和五七年四月三〇日付けの書面で共同でした仮換地指定変更申請に基づき、佐藤及び杉山らの利便のために、申請どおりの内容でなされたものであること、右申請の際、佐藤及び杉山らは、仮換地指定の変更により生ずる土地評価等の諸問題及び清算金についてはいつさい被告に迷惑をかけないことを約したことが認められる。これらの事実に照らすと、本件変更処分は、杉山らのほか、佐藤のためにもなされ、佐藤の意にも添つたものとみるのが相当である。これを覆して、原告の主張するように本件変更処分が被告において杉山ら及び平木の利益を図る目的で佐藤に犠牲と不利益を強いたものであることを認むべき証拠はない。

(3) したがつて、本件変更処分に原告の請求原因2(一)主張の違法は存しない。

(二)  請求原因2の(二)について

原告が佐藤から本件変更処分がなされた昭和五七年八月当時本件建物を賃借していたことは、当事者間に争いがない。しかし、原告が佐藤から本件変更処分当時従前地(二)も賃借していたとの原告本人の供述は、たやすく信用することができず、他に右賃借の事実を認めるに足りる証拠がないから、その余の検討をするまでもなく、原告の請求原因2(二)の主張は失当である。

三  よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邊貢 水島和男 畠山稔)

別紙目録 <略>

別紙図面(一)、(二)、(三) <略>

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